閉じる
SORT BY KEYWORD

興味があるタグから、
関連するコンテンツを見つけることができます

PROJECT STORY

未来に向けて繋がった強い想い


低VOC両面テープ開発プロジェクト

未来に向けて繋がった強い想い


低VOC両面テープ開発プロジェクト

地球にも人にもやさしい、胸を張れる製品を 地球にも人にもやさしい、胸を張れる製品を

始まりは、京都議定書の採択を受け、世界が温室効果ガス削減に動き始めた1998年。Nittoは以前から将来の環境規制や石油の枯渇に目を向けており、この年、CO2の排出につながる有機溶剤※1の一つで、人体への影響が懸念されるVOC※2でもあるトルエンの削減に向け、粘着テープ製品の無溶剤化を打ち出した。環境対応製品への市場の関心は当時未だ薄く、業界に同調する他社もない。その後20年以上にわたって続くプロジェクトは、世間の耳目を集めることもなく静かに幕を開けた。

優良賞

※1)CO2の排出につながる有機溶剤:有機溶剤は種類に関係なく、大気放出されないように必ず回収され、再利用のための精製か焼却されるが、この時CO2が排出される。

※2)VOC:揮発性有機化合物Volatile Organic Compoundsの略称で、揮発性を有し、大気中で気体となる有機化合物の総称。厚生労働省はこのうち、トルエンを含む13物質を、鼻や喉の痛み、頭痛、めまいなどの健康障害を引き起こしやすいものとして指定している。

PROJECT MEMBER
  • 宮野

    Miyano
    宮野

    基盤機能材料事業部門
    工業材料事業部 開発部
    構造材料グループ
    開発職/課長

  • 山本

    Yamamoto
    山本

    基盤機能材料事業部門
    工業材料事業部 開発部
    構造材料グループ
    開発職/テーマリーダー

  • 濱田

    Hamada
    濱田

    Nitto Belgium NV
    (ベルギー現地法人)
    R&D Structural Product
    Development Group
    開発職/駐在員

  • 稲井

    Inai
    稲井

    基盤機能材料事業部門
    工業材料事業部 開発部
    構造材料グループ
    開発職

※インタビュー内容、役職、所属は取材当時のものです。

1

溶剤を使わず粘着性にも優れた製品を市場に。

2000年春。宮野は入社5年目を迎え、希望に燃えていた。入社以来取り組んできたエマルション※3系粘着剤の基礎研究に光が当たったのは2年前だ。社の方針で、VOCの1つである有機溶剤トルエンの使用量が多い両面テープの粘着剤を、宮野らが蓄積してきた研究成果を土台に、溶剤を使わないエマルション系に転換することが決まったのだ。宮野は、地球にも人にもやさしい新製品の開発という夢あるプロジェクトの若き一員として、エマルション系の粘着特性を有機溶剤系と同等レベルに引き上げるための研究に没頭した。

「形にするところまで自分でやってみたい!」。芽生えた宮野の想いは強く、上司へ志願したところ、粘着テープ事業部への異動が決定。こうして宮野は、新製品の立ち上げに挑むべく、新天地にやってきたのだった。

しかし、そこには思わぬ困難も待ち構えていた。事業部には、長年培ってきた溶剤系粘着剤の技術や実績に自負があり、当時はまだ顧客のニーズが見えない環境対応のためにそれを手放すことは、心情的にも体制的にも容易ではなかったのだ。開発チームはそうした事情を受け入れ、粘り強く対話を重ねながらプロジェクトを推進。2002年、ついに世界で初めてエマルション系低VOC両面テープを実用化し、いくつかの現行品がエマルション系へと置き換わった。2005年頃からは自動車業界でトルエンを使った溶剤系両面テープの使用を削減する動きが出始め、高度な接着信頼性が認められ代替品として採用されるなど、少しずつ実績も上がり始めた。

※3)エマルション:溶け合わない2種の液体に乳化剤を加え、一方を他方の液体中に分散させた溶液。エマルション系粘着剤は、水に溶けない主成分を、水に粒子状に分散させて作る。

2

困難を乗り越え、ついにつかんだ顧客の支持。

ところが、2011年、大きな試練が訪れた。順次投入してきた新製品が期待ほどの成果を上げられなかったこともあり、エマルション系両面テープのさらなる高機能化、高付加価値化に向けた開発が突然全て打ち切りに。折しも、溶剤系と遜色のない性能を求める余りニーズに応えるという大命題を見失っていたことに気づき、軌道修正を考えていた宮野は、胸中の構想を諦め切れない。「将来に向け、自動車業界での地歩を固めるために不可欠だから」と上司に訴え、その1テーマを継続することだけは認めてもらった。

目標は、自動車の内装に多用する吸音材の固定という用途に特化した製品の開発だ。これまでは、何でもできる万能な製品が良いと思いこみ、機能を増やす発想で新製品をつくってきた。ところが、何度も顧客の現場を訪ねるうちに、それは自分の理想に過ぎず、自己満足のための開発であったと思い知る。顧客が本当に求めていたものは「何でもできる」ではなく「“ここ”が必ずできる」という製品だったのだ。不要な機能をそぎ落とすことで、顧客に適正な価格で提供することもできる。そこで、宮野は「足すのでなく減らす」をコンセプトに掲げたプレゼンツールを自作し、社内の関係各所に発信。企画部門や営業部門に熱心な賛同者を得ることができた。こうなれば前進あるのみ。賛同者の支えを励みに意志の完徹に突き進んだ。

2012年、ついに目指す新製品が形になった。ニーズに即した製品は、ゆっくりと、しかし確実に市場に浸透する。作業性に優れ安価な新製品は導入しやすく、自動車業界における環境対応の広まりに貢献。自動車業界全体に受け入れられ、マレーシア工場に技術を移管して増産を図るほどとなった。2002年、立ち上げ当初の売上は1万円/月にも満たなかったが、10年後には確固たるブランド価値を築き、20年経った今では、Nittoを代表する環境貢献製品となっている。

3

更なる機能向上へ、常道とは真逆の手法で、弱点を見事克服。

こうして、プロジェクトは次へとつながった。宮野は2013年春に汎用両面テープ開発のチームリーダー、2015年春には課長となり、若手の育成とバックアップにも注力。エマルション系両面テープは、溶剤系に負けない機能・性能を実現できるまでとなった。

2016年、技術開発部門にいた入社2年目の濱田に、残されていた耐水性の向上という課題の克服が託された。耐水性向上には疎水性の添加物を配合するのが常道だ。周囲からもそうアドバイスされたが、濱田は、耐水性悪化のメカニズムを知らなければ対策は見えてこないと判断。実験でこれを検証し、親水性添加物を配合するという真逆の方向に活路を見出した。まだ市場のニーズも熟していなかったが、この手法と試みに、宮野をはじめ社内でも環境対応技術の重要性を強く認識している面々から、部署の壁を越え熱い期待が集まった。濱田はこれを支えに高いハードルに挑み、翌年、ついに最適な親水性添加物を特定。仮説を裏付ける実験結果が出て、思わず出た小さなガッツポーズに大きな喜びが弾けた。2018年には実機スケールでの検証にも成功。宮野ら事業部に製品としての立ち上げを引き継いだ。

4

世界初の新製品開発を中堅・若手一丸で実現。

2016年は、入社以来幅広い製品の垂直立ち上げを担ってきた山本が、宮野のもとで汎用両面テープのテーマリーダーに着任した年でもあった。当初は社の方針もあり、酢酸エチル※4を溶媒とする低VOCテープを手がけ、ラインナップに加えた。しかし、市場の反響は薄く、やはり、他社にはない、より環境対応に優れたエマルション系をさらに強化するべきだと確信。

2020年には世の中にまだなかった「PET基材-エマルションテープ」に着目した。PETフィルムは薄くて平滑なため極薄から厚手まで幅広いテープ厚を実現でき、加工性や形状安定性にも優れているので、モバイル機器や電子機器の部品固定用などに広く商品展開できる。エマルション系の弱点である耐水性、薄層塗工、投錨性※5が課題となるが、耐水性は濱田により解決済みだった。「挑戦したい」。この山本の申し出を受け、宮野は迷いなく役員に場の設定を依頼。山本と二人、集まった数人の役員を前に、世界初となるPETタイプの新製品開発を宣言した。

これで覚悟が決まった山本は、粘着剤配合の見極めと塗工機の最適化により薄層塗工の道を拓き、投錨性を高めるテープ設計にも成功。2020年秋に日東ベルギーに赴任した濱田ともリモートで情報共有を図りながら開発を進め、2021年、目指してきたシリーズ展開を公約通りにスタートさせた。この年に入社しチームの一員となった稲井は、タイミングよく配属早々に新製品立ち上げを経験。水を殺菌して溶解釜に大量投入する工程の実現にメンバーが頭を悩ませている時に、一般的に行われていた手法とは異なる殺菌方法を提案し、入社後わずか1か月で難問の解決に一役買った。新入社員のアイデアがしっかり受け止められ結果に結びついたことは稲井にとってうれしい驚きであり、ESG経営への貢献に向けNittoが誇るエマルション技術の次代を担うのだという自覚と意欲も一層強いものとなった。

※4)酢酸エチル:酢酸エチルもVOCの一種で、トルエンと共に、環境省の定める22の特定悪臭物質に含まれている。ただし厚生労働省が指定する13物質には含まれないため、一般的な低VOCテープの多くに酢酸エチルが使われている。

※5)投錨性:粘着テープが基材とくっつく力の性能。粘着テープは、この投錨力と、相手にくっつく力=粘着力、粘着剤内部の結合力=凝集力の3つバランスで成り立っている。

エマルション系が当たり前となるその日まで エマルション系が当たり前となるその日まで

企業社会の環境対応は理想通りには進まない。それでも立ち止まらず、環境に貢献する製品でお客様に驚きと感動を提供したい。そんなNitto魂が生んだ「有機溶剤フリーの両面接着テープ」は、2019年、第46回「環境賞」優良賞を受賞。CO2の排出量削減や製造の安全性確保※6にもつながる完全無溶剤化を高品質と両立させたことが高く評価された。プロジェクト開始から四半世紀。想いは引き継がれ、製品は徐々に実績を伸ばして世界へと広がり、今後の一層大きな成果を予言している。ESGを経営の中心に置き、持続可能な環境・社会の実現を目指すNitto。今後、サステナビリティに対する市場の関心がいよいよ高まるなか、全力を尽くして社会を先導していきたいと願っている。

※6)製造の安全性確保:有機溶剤を使用する製造現場では火事事故リスクが高まるほか、作業者の健康診断を定期的に行うことが求められ、一部の業務については母性保護のための女性労働基準規則により女性の就業が禁止されるなど、製造の安全性確保の上でも課題が多い。